酒の功徳中国版
−信頼と裏切りの交錯する中国史−
■近代的考察
◇信は酒により生まれる
1.酒後 露 真情:酒を酌み交わしてこそ、初めて人は心の底を打ち明けるものだ
2.酒後 吐 真情:本当のことは、お互い酒を飲んだ上で話し合わないと分からない
◇深酒の勧め
3.交情 浅 [舌忝]一[舌忝]:交わりが浅ければ、ちょっと嘗めるだけで盃を置く
4.交情 深 一口悶:交わりが深ければ、一口で飲みほす。乾杯!!
5.交情 鉄 喝吐血:交わりが鉄のように堅ければ、血を吐くまで飲み続ける
◇怨むらくは酒かそれとも・・・
6.酒後 没有真言:酒を酌み交わして言った話は信ずべからず
7.酒後之言 不可信:酒の席で交わした約束は当てにならない
8.不打 不成交:お互いに殴り合った上で、交渉ごとは初めて成立する
■「桃園の誓い」的志向
信義で結ばれ、盃を交わして誓った、劉備・関羽・張飛。彼らの関係は単なる主従にとどまらず、正史にも「寝食をともに」したと記されている。それを象徴する最も有名な言葉は下記のものであろう。
「生まれた月日は違っても、願わくば同年同月同日に死なん」−三国演義−
権謀術策渦巻く戦乱の世にあって、彼らの堅い信義に結ばれた友情は、一服の清涼剤であった。
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■「桃園結義」その結末
◇220年:関羽
曹仁軍を包囲攻撃中、関羽に反感を持つ荊州の名士(彼の配下)が背いて、孫呉に降伏。挟撃される形となった関羽は、麦城から主君の待つ蜀都成都へ敗走中、呉将に捕らえられ斬首。その首は蜀の復讐を恐れた孫権から曹操の元へ送られ、曹操の手で鄭重に埋葬された。
◇221年:張飛
義兄関羽の敵討ちのため呉へ出陣準備中、側近の部下に暗殺される。張飛は万夫不当の猛将であったが、部下に厳しく、よく部下を鞭打った。張飛の最後は、それを怨んだ部下の寝返りであった。
◇223年:劉備
関羽の敵討ちのために出陣した夷陵の戦いで、新星・陸遜率いる呉軍に破れ、白帝城へ逃げ込んだ。失意のあまりそこで死の床につき、諸葛孔明を呼んで君臣の信頼関係を褒め称え、息子劉禅を託して死ぬ。
※この遺言は「君主の乱命」で、孔明への信義を疑う説もある。
