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孫子と米国パウエル国務長官

■現代でも必修の「孫子の兵法」

いま米国軍部では3千年前の「孫子の兵法」を必修科目とする軍事研究施設が設立されている。

ベトナム戦争で米国が惨敗したのも、「情報戦略」と「進退戦略」を誤ったからだと言われる。いずれも「孫子の兵法」の逆をいき、一方のベトコンはその教えを継承したのである。

■衛星探知機とターザンの戦い

ベトコンの地下道入り口
<ゲリラ作戦で使用された地下道入り口。大柄な米兵では入れなかった>

パウエル国務長官によれば、

「ベトナム軍は、果てしないジャングルの中をターザンのごとく出没。彼らが移動に使う地下道は地下20mに及び(地下鉄大江戸線が地下23m)曲がりくねっているから、直撃弾でも一掃出来ない。

我が米軍が、ホワイトハウスから衛星探知機により地点を定めて攻撃指令を出し、そこに雨あられと弾丸を撃ち込んでも、そこはもう『もぬけの殻』。」

前線が次の指令を待つ間にベトコン側は随所に飛び出し、一斉攻撃が始まるといった具合。近代兵器も形無しで、翻弄され続けたあげくの惨敗であった。

■孫子の兵法−ベトコン篇−

「戦の上手い者は、守りについた時には兵力を隠蔽して敵につけこむ隙を与えず、攻める時はすかさず攻め立てて敵に守りの余裕を与えない」(「軍形篇」)

ベトコンは左のような地下道を巧みに使ってアメリカ軍を撹乱した。敵の不意をついた場所から攻撃し、気付いたアメリカ兵が逆襲しようとした時には、穴に潜り込んで痕跡を止めないという戦い方をしたのである。アメリカ軍はこの戦法に翻弄され、効果的な攻撃はできなかったのである。

■孫子の兵法−アメリカ篇−

「敵を知り、己を知るならば、絶対に敗れることはない」(謀攻篇)

情報を集め、敵味方双方の戦力を出来る限り正確に把握した上で作戦をたてなさい、と孫子は言う。その時に人は自分にとって不利な情報は排除し、そして希望的観測を交えがちである。

ベトナム戦争前の第二次世界大戦、日本軍は希望的観測のみで作戦を立てて敗れた。しかしその日本軍を破ったはずのアメリカ軍が、今度は同じ過ちを犯してしまったのである。

<ベトナム戦争で最も多く投入されたF105戦闘機>この他、近代兵器を多数投入したものの、ベトコンの巧妙な戦い方には、あまりに無力だった。

最先端の戦略−答えは3千年前に−

孫子の兵法では、戦場の最前線で指揮を執る将軍について、

「状況によっては君主の命令にも背いて良い」(「君命に受けざる所有り」(九変篇))

としている。現場が目前の状況を把握し、臨機応変に動けということである。戦況は常に変化していくものであり、いちいち君主(=本部)に伺いを立てていたのでは、その変化についていけない。そればかりか、後手にまわって決定的な敗北となってしまう危険があるからである。

パウエル氏は言う。「我々は、ずっと戦略命令を上意下達方式でやってきたが、それは間違っていた。緊急時の臨機応変の対応は、本部の指示を待っていては不可能だ。今では戦場の攻撃判断は情報を生の情報に接している前線に任せ、本部(ホワイトハウス)へは報告するのみである。」

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